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結論と封鎖
結論
多分親や姉貴も含め、知らない人の方が多いはずですが、俺は36歳ですが、実は記憶は25年分しかありません
冗談とか厨二とかでは無く小学校3年生のある瞬間からしか記憶がありません
その瞬間のせいで今まで背負ってきたものがありました
恐くて、前に進めなかった原因です
それこそ25年間
多分それはそれまでには確かにあったものなんだと思います
多分、その記憶と引き換えに今のIQがあるのだと思います
封鎖したのに病んだ内容のこの場所を見てくださってくれた方々がいらっしゃいます
最後になるので、カミングアウトを含め、今までの人生の言い訳と私の一部を書き記しておきます
これによって多分、今までの俺に納得出来る部分とそれ以上の不信感が解決すると思います
私は、小学校3年生の頃にイジメにあいました
イジメていたのは中野という担任の教師です
竹の1m定規が何本も割れる位叩かれてました
昭和50年3月18日生、熊本県の益城中央小学校でのことです
当時これを知る人は多かったと思います
私の記憶は、教師に叩かれながら、同級生を見上げるその瞬間から始まります
何故叩かれているのか解りませんでした。
いつ終わるのかも、何故誰も助けてくれないのかも解りませんでした。
でも家路は解りました。
親の顔や姉の顔もわかりました。でも、思い出がありません。
そこで幼い俺は何故かそれを打ち明けず、補間することにしました。長い時間をかけて、写真を見て、話を合わせ、情報を得ながらずっとずっと過ごしてきました。
だから、親や姉に情はありません。いや正確にはとても薄いので、死のうが他人事みたいな感覚です。
これを知ったら両親や姉貴はショックでしょうね。
冒頭に触れた私が出来ないことは
信じるコト
多分、記憶が無い期間には確かにあったのだと思います。
生まれた時に、無垢に肉親を信じるのは普通だと考えます。
曖昧ですが、この時点でも信じることの大切さも知っていました。
毎日、学校に通い、教師にイジメられ、同級生は避けて通ります。
当然です。
両親に相談しました。
学校でも問題になりました。
翌年、中野という教師は転校しました。
でも、俺の心の中には大きなキズが出来ました。
4年生、担任の教師は光永先生でした。
心にキズを負った俺は人を信じることが恐くて色々問題を起こしました。
団体行動がとれません。
よく1人で屋上の物置で過ごしていました。
そんな時、光永先生が1人で来て、こう言ってくれました。
高い屋上から見える稲穂。
2人でそれを眺めながら、
『稲穂というのは一本一本は細くて弱いけど、近くにある稲穂同志が支え合って立派に立っているんだよ』
『1人はみんなのために、みんなは1人のために』
one for all all for oneです
熱く熱く語る先生は他の人とどこか違って見えて、人を信じること、頼ることの大切さを一年間ずっと教えてくれました。
でも、4年生の終わりに転任されました。
光永先生がいなかったら、翌年の先生が光永先生じゃなかったら…
と、よく考えます
信じること、頼ることの大切さは学びました
でも、俺には出来なかった
もし、あと一年、先生が居てくれたら…もしかしたら…とも何度も何度も思いましたが仕方ありません
光永先生は必要なところへ行き、必要とされて転任して行ったから
信じること
できるようになったらいつか先生に会いに行こう
立派になった自分を見せに行こう
ずっとそう思いながら生きて来ました
色んなコトに興味を持ちました
色んな人と関わる為に学びました
信じることを学びたくて。
ふと、光永先生と同じく、何処かちがう人と知り合います
それは恋と呼んだり友情と呼んだり…
でも、すれ違って行きます
でも、また出会います
何度か繰り返しました
信じることを教えてくれるかも知れないから
そのまま高校2年生になりました
これは私だけの話では無いので細かい内容は省きますが親友だと思っていた人達に裏切られました
とても大きな形で
自分1人では済まない形で
俺は弱く、救うことも出来ずに、一つの出会いが壊れてしまいました
人を信じることの大切さ
人を頼ることの大切さ
もう、信じられなくなっていました
頼るものも無く、自分さえ弱く、頼りなく、天井とにらめっこでずっと過ごしました。
その時点での結論
人は信じるに値しない
信じるから裏切られる
信じるから傷つける
意味もわからないまま信じようとするから人を苦しませてしまう
もう、信じない
でも、光永先生に会いたい
ちゃんと大人になった自分を見せたかった
諦めきれなかった
信じることを諦めたく無かった
やがて、早い結婚をし、子供が生まれ、信じることの断片が見えて来た気がしてました
色々な出会いや別れもありました
みんなそうだと思います
ただ、俺が人と違ったのは、この時点でさえ信じることの意味をずっとわからずにいたこと
そして、高いIQ
理屈、理論、のロジックで固められた自分に信じることを教えてくれる人が存在すると信じて生きて来ました
妙な話です
信じることを信じたい
ずっと、1人で抱え込んで来ました
いや、1人じゃなく、何人もの人達にキズをつけながら来ました
多分、この時点で、俺は、人に自分を信じさせて欲しいと頼っていたのだと思います
そして、
鬱病という病気になりました
ある日突然、動けなくなりました
その少し前、人を頼ること、信じることが出来ない俺は小さなSOSを出しました
今にして思えばあれが人を頼っていたのかと知りました
が、届かず…
何を信じたら?
何を希望にしたら?
何に頼ったら?
わかりません
そして、約二年が経ち、いくつもの大切な時間を過ごしました
人が誰でも繰り返すであろう、出会いと別れ、共有と対立
俺は、
そんな中
ずっと、
信じていた
自分を信じさせてくれる何かに出会えること
でも、そんな愚かな俺の手のひらを全てがすり抜けて行った
当然…
俺が人を信じることが出来ないのに人に信じさせてもらおう、信じて欲しいとか…
冒頭に戻します
私が出来ないこと
それは信じること
結論は
信じないこと
俺は光永先生に生涯会う資格は無い
醜く歪んでしまった俺のロジックは人を傷つける
俺のロジックを壊す何かに期待していた信じない俺
もう、うんざりなんだ
みんな
みんな、ごめん
ほんとうに
俺は
信じない
25年間、ずっと期待していたそれを
肩から降ろし
少しだけ
楽になります
自分だけ楽になります
間違っているのは俺だって解ってる
少数派だから
記憶と引き換えに手に入れた高性能に見えるアタマは信じることが出来ない欠陥品で
周りを巻き込み、壊していく
自分自身さえ壊すロジック
もう、終わりにします
ひとつだけ
信じることを信じること
それを対価に少しだけ前に進みます
ごめんなさいみんな
俺は優しくなんか無い、自分が信じることを知りたかっただけのただの強欲者だった
対人恐怖症、社会不安性障害、神経過敏性高IQ障害etc…
色んな病名があったけど、ただ、信じたかった
信じることが出来ると信じたかった
光永先生ごめんなさい
みんな、ごめん
封鎖
多分親や姉貴も含め、知らない人の方が多いはずですが、俺は36歳ですが、実は記憶は25年分しかありません
冗談とか厨二とかでは無く小学校3年生のある瞬間からしか記憶がありません
その瞬間のせいで今まで背負ってきたものがありました
恐くて、前に進めなかった原因です
それこそ25年間
多分それはそれまでには確かにあったものなんだと思います
多分、その記憶と引き換えに今のIQがあるのだと思います
封鎖したのに病んだ内容のこの場所を見てくださってくれた方々がいらっしゃいます
最後になるので、カミングアウトを含め、今までの人生の言い訳と私の一部を書き記しておきます
これによって多分、今までの俺に納得出来る部分とそれ以上の不信感が解決すると思います
私は、小学校3年生の頃にイジメにあいました
イジメていたのは中野という担任の教師です
竹の1m定規が何本も割れる位叩かれてました
昭和50年3月18日生、熊本県の益城中央小学校でのことです
当時これを知る人は多かったと思います
私の記憶は、教師に叩かれながら、同級生を見上げるその瞬間から始まります
何故叩かれているのか解りませんでした。
いつ終わるのかも、何故誰も助けてくれないのかも解りませんでした。
でも家路は解りました。
親の顔や姉の顔もわかりました。でも、思い出がありません。
そこで幼い俺は何故かそれを打ち明けず、補間することにしました。長い時間をかけて、写真を見て、話を合わせ、情報を得ながらずっとずっと過ごしてきました。
だから、親や姉に情はありません。いや正確にはとても薄いので、死のうが他人事みたいな感覚です。
これを知ったら両親や姉貴はショックでしょうね。
冒頭に触れた私が出来ないことは
信じるコト
多分、記憶が無い期間には確かにあったのだと思います。
生まれた時に、無垢に肉親を信じるのは普通だと考えます。
曖昧ですが、この時点でも信じることの大切さも知っていました。
毎日、学校に通い、教師にイジメられ、同級生は避けて通ります。
当然です。
両親に相談しました。
学校でも問題になりました。
翌年、中野という教師は転校しました。
でも、俺の心の中には大きなキズが出来ました。
4年生、担任の教師は光永先生でした。
心にキズを負った俺は人を信じることが恐くて色々問題を起こしました。
団体行動がとれません。
よく1人で屋上の物置で過ごしていました。
そんな時、光永先生が1人で来て、こう言ってくれました。
高い屋上から見える稲穂。
2人でそれを眺めながら、
『稲穂というのは一本一本は細くて弱いけど、近くにある稲穂同志が支え合って立派に立っているんだよ』
『1人はみんなのために、みんなは1人のために』
one for all all for oneです
熱く熱く語る先生は他の人とどこか違って見えて、人を信じること、頼ることの大切さを一年間ずっと教えてくれました。
でも、4年生の終わりに転任されました。
光永先生がいなかったら、翌年の先生が光永先生じゃなかったら…
と、よく考えます
信じること、頼ることの大切さは学びました
でも、俺には出来なかった
もし、あと一年、先生が居てくれたら…もしかしたら…とも何度も何度も思いましたが仕方ありません
光永先生は必要なところへ行き、必要とされて転任して行ったから
信じること
できるようになったらいつか先生に会いに行こう
立派になった自分を見せに行こう
ずっとそう思いながら生きて来ました
色んなコトに興味を持ちました
色んな人と関わる為に学びました
信じることを学びたくて。
ふと、光永先生と同じく、何処かちがう人と知り合います
それは恋と呼んだり友情と呼んだり…
でも、すれ違って行きます
でも、また出会います
何度か繰り返しました
信じることを教えてくれるかも知れないから
そのまま高校2年生になりました
これは私だけの話では無いので細かい内容は省きますが親友だと思っていた人達に裏切られました
とても大きな形で
自分1人では済まない形で
俺は弱く、救うことも出来ずに、一つの出会いが壊れてしまいました
人を信じることの大切さ
人を頼ることの大切さ
もう、信じられなくなっていました
頼るものも無く、自分さえ弱く、頼りなく、天井とにらめっこでずっと過ごしました。
その時点での結論
人は信じるに値しない
信じるから裏切られる
信じるから傷つける
意味もわからないまま信じようとするから人を苦しませてしまう
もう、信じない
でも、光永先生に会いたい
ちゃんと大人になった自分を見せたかった
諦めきれなかった
信じることを諦めたく無かった
やがて、早い結婚をし、子供が生まれ、信じることの断片が見えて来た気がしてました
色々な出会いや別れもありました
みんなそうだと思います
ただ、俺が人と違ったのは、この時点でさえ信じることの意味をずっとわからずにいたこと
そして、高いIQ
理屈、理論、のロジックで固められた自分に信じることを教えてくれる人が存在すると信じて生きて来ました
妙な話です
信じることを信じたい
ずっと、1人で抱え込んで来ました
いや、1人じゃなく、何人もの人達にキズをつけながら来ました
多分、この時点で、俺は、人に自分を信じさせて欲しいと頼っていたのだと思います
そして、
鬱病という病気になりました
ある日突然、動けなくなりました
その少し前、人を頼ること、信じることが出来ない俺は小さなSOSを出しました
今にして思えばあれが人を頼っていたのかと知りました
が、届かず…
何を信じたら?
何を希望にしたら?
何に頼ったら?
わかりません
そして、約二年が経ち、いくつもの大切な時間を過ごしました
人が誰でも繰り返すであろう、出会いと別れ、共有と対立
俺は、
そんな中
ずっと、
信じていた
自分を信じさせてくれる何かに出会えること
でも、そんな愚かな俺の手のひらを全てがすり抜けて行った
当然…
俺が人を信じることが出来ないのに人に信じさせてもらおう、信じて欲しいとか…
冒頭に戻します
私が出来ないこと
それは信じること
結論は
信じないこと
俺は光永先生に生涯会う資格は無い
醜く歪んでしまった俺のロジックは人を傷つける
俺のロジックを壊す何かに期待していた信じない俺
もう、うんざりなんだ
みんな
みんな、ごめん
ほんとうに
俺は
信じない
25年間、ずっと期待していたそれを
肩から降ろし
少しだけ
楽になります
自分だけ楽になります
間違っているのは俺だって解ってる
少数派だから
記憶と引き換えに手に入れた高性能に見えるアタマは信じることが出来ない欠陥品で
周りを巻き込み、壊していく
自分自身さえ壊すロジック
もう、終わりにします
ひとつだけ
信じることを信じること
それを対価に少しだけ前に進みます
ごめんなさいみんな
俺は優しくなんか無い、自分が信じることを知りたかっただけのただの強欲者だった
対人恐怖症、社会不安性障害、神経過敏性高IQ障害etc…
色んな病名があったけど、ただ、信じたかった
信じることが出来ると信じたかった
光永先生ごめんなさい
みんな、ごめん
封鎖
鬱病
この病気になって
もうすぐ2年になろうというところです
私は
この病気になって、あるいはこの病気になる直前から多くのものを失いました
あるいは最初から持っていなかったのかもしれません
本当にたくさんの
大切なものだったはずのものたちが
手のひらから姿を消しました
まだ二年?もう二年?
私自身の視点ではなく、人の中からの私自身も失って、それを繋がりとよび、人が大切にするものだと考えます
こころにもからだにも
キズをつくりながら
まだ私は生きています
こころにもからだにもキズを負わせながらのうのうとまだ生きている自分が
もう
いやです
もうすぐ2年になろうというところです
私は
この病気になって、あるいはこの病気になる直前から多くのものを失いました
あるいは最初から持っていなかったのかもしれません
本当にたくさんの
大切なものだったはずのものたちが
手のひらから姿を消しました
まだ二年?もう二年?
私自身の視点ではなく、人の中からの私自身も失って、それを繋がりとよび、人が大切にするものだと考えます
こころにもからだにも
キズをつくりながら
まだ私は生きています
こころにもからだにもキズを負わせながらのうのうとまだ生きている自分が
もう
いやです
手術
女房が14日手術しました
子宮内膜症とやらでチョコレート嚢胞?とやらを取り除く手術です
子宮をまるごと摘出します
当然今後妊娠することも、新しく子供を作るコトも障害出来ません
今の子供達が十月十日育った場所が無くなってしまうのはとても辛いコトでしたが仕方ありませんでした
手術を聞かされたのは約一ヶ月前でしたが、気がつけばその時期、俺は色々あり過ぎてまたパンクしていたのかも知れませんね
左腕の傷は増える一方です
血が滴る感触が嫌です
そして眠剤も効かない
朝起きても昼過ぎまで起きれない
音楽を聴いたりビデオをボンヤリ眺めたりと、そんな生活です
今は休憩のときなんだとよく言われますが…
俺は自分で人を頼れず、信じられず、人を育てもしたが傷つけてばっかりだった気がします
自分の正義や信念を貫き通すコトが、答えを出すコトが全てでは無いのだと思います
それがわからなくて、人を頼れなかった挙句、こんな俺になって更に人に迷惑をかけてのうのうと生きている
実に…くだらない
俺と関わるとロクなコトにならないんじゃないかとさえ思います
早くマトモになってもう一度人生をやり直せるなら…
子宮内膜症とやらでチョコレート嚢胞?とやらを取り除く手術です
子宮をまるごと摘出します
当然今後妊娠することも、新しく子供を作るコトも障害出来ません
今の子供達が十月十日育った場所が無くなってしまうのはとても辛いコトでしたが仕方ありませんでした
手術を聞かされたのは約一ヶ月前でしたが、気がつけばその時期、俺は色々あり過ぎてまたパンクしていたのかも知れませんね
左腕の傷は増える一方です
血が滴る感触が嫌です
そして眠剤も効かない
朝起きても昼過ぎまで起きれない
音楽を聴いたりビデオをボンヤリ眺めたりと、そんな生活です
今は休憩のときなんだとよく言われますが…
俺は自分で人を頼れず、信じられず、人を育てもしたが傷つけてばっかりだった気がします
自分の正義や信念を貫き通すコトが、答えを出すコトが全てでは無いのだと思います
それがわからなくて、人を頼れなかった挙句、こんな俺になって更に人に迷惑をかけてのうのうと生きている
実に…くだらない
俺と関わるとロクなコトにならないんじゃないかとさえ思います
早くマトモになってもう一度人生をやり直せるなら…
狭い世界
俺は狭い視野が大嫌いです
何も見えなくなるから
言うならば競走馬が付けてるアレです
自分や自分達だけが正解で後は間違い
自分は正義だけと他は悪
そんなものは全部否定してやります
そんな自分が狭い狭い視野になっているコトに気づかない狭い世界なんて否定します
言い切りますが
ジツニクダラナイ
何か文句あるなら今後このページ見なくていいです
ブックマークから外して下さい
偶然たどり着いた方も読まなくて結構です
狭い世界で評価されて狭い世界で勝手に作られた幸せなんて消えてしまえばいい
そんなのが世界を、人間をダメにして来たのだと言い切ります
もう、言いますがIQ150以上の俺がどんだけ理屈で考えようが俺の考えよりも浅い団体や人間なんてくだらない
知ろうとしない、受け入れようとしない、聞こうともしない、理解しようともしない
俺が小学校高学年の頃にとっくに通り過ぎたロジックを今だに世界一だと勘違いしている偽善者なんか消えてしまえ
全部壊れてしまえばいい
祈りなんかじゃ何も救えないし自分以外変わらない
魔法使いや黒魔術の呪いでもあるまいし人や自分以外に届くか馬鹿野郎が
事実、世界では死にたく無くても死んで行く人間や、ドナーが見つからなくて死んで行く人間、金なんかのために殺し殺され、主張や思想なんかの為に殺され、壊れ、消えて行くコトを知れば祈りなんて自分の心の在り方であって何も変わらない
実行しなきゃ何も変わらない
手術の成功例や、奇跡の生還ばかりテレビで見ている人間は外国の検索サイトでJUNK HUMANとかで検索してみろよ
世の中がどれだけ狂ってるか解るだろう
狭い視野でものを語り、押し付け、否定するとか知るか
そんなもんバカ相手にやってりゃいい
俺を巻き込むな
壊れてしまえ壊れてしまえ
いっそ全部壊れてしまえ
世界も人類も俺も全部全部
何も見えなくなるから
言うならば競走馬が付けてるアレです
自分や自分達だけが正解で後は間違い
自分は正義だけと他は悪
そんなものは全部否定してやります
そんな自分が狭い狭い視野になっているコトに気づかない狭い世界なんて否定します
言い切りますが
ジツニクダラナイ
何か文句あるなら今後このページ見なくていいです
ブックマークから外して下さい
偶然たどり着いた方も読まなくて結構です
狭い世界で評価されて狭い世界で勝手に作られた幸せなんて消えてしまえばいい
そんなのが世界を、人間をダメにして来たのだと言い切ります
もう、言いますがIQ150以上の俺がどんだけ理屈で考えようが俺の考えよりも浅い団体や人間なんてくだらない
知ろうとしない、受け入れようとしない、聞こうともしない、理解しようともしない
俺が小学校高学年の頃にとっくに通り過ぎたロジックを今だに世界一だと勘違いしている偽善者なんか消えてしまえ
全部壊れてしまえばいい
祈りなんかじゃ何も救えないし自分以外変わらない
魔法使いや黒魔術の呪いでもあるまいし人や自分以外に届くか馬鹿野郎が
事実、世界では死にたく無くても死んで行く人間や、ドナーが見つからなくて死んで行く人間、金なんかのために殺し殺され、主張や思想なんかの為に殺され、壊れ、消えて行くコトを知れば祈りなんて自分の心の在り方であって何も変わらない
実行しなきゃ何も変わらない
手術の成功例や、奇跡の生還ばかりテレビで見ている人間は外国の検索サイトでJUNK HUMANとかで検索してみろよ
世の中がどれだけ狂ってるか解るだろう
狭い視野でものを語り、押し付け、否定するとか知るか
そんなもんバカ相手にやってりゃいい
俺を巻き込むな
壊れてしまえ壊れてしまえ
いっそ全部壊れてしまえ
世界も人類も俺も全部全部
破壊

自分の左手の自傷が止まりません…
アタマでは無意味だとわかっています
姉貴にそんなのしてもかっこ悪いだけって言われました
当たり前ですかっこ良いからやってるわけじゃありません
人に見せたくてやってるわけでもありません
何かに憧れてやってるわけでもありません
痛みと流れる血の暖かさ
眠れない日々の原因
痛みで心の痛みを薄らいで行く幼稚な考えかも知れません
くどいですが私は元々両利きです
今は左手の握力がほとんどありません
俺が昔憧れた普通の人
アタマの回転も、左の起用さも、性格もいわゆる普通の人に憧れました
でも、状態が長かったため今更それじゃ生きていけません
生きていけるのかな
わかんなわかんない
こんな不便な手とアタマと心でまともに生きていけるわけがありません
刺青を背中に入れます
体は傷や痛みを忘れないコトで心のリハビリにしたいというただの逃げ道を選択しているに過ぎない
そんなコトはわかってる
わかってる
わかってる
でも自分がデザインしたトライバルタトゥをいれるコトで何かが変えられるかも知れません
幻想かもしれません
何も変わらないかも知れません
わからないからやって行きたい
写真はラフ
全てを照らす日輪と無信心と反骨の意味をこめて逆さ十字、うぬぼれない様に片翼のです
名前はsun,turncross&solowing
この文字も一緒に入れます
覚悟の証
今の自分、これからの自分への覚悟、生き様、
あぁ、刺青嫌いな人は多くいますが俺には関係ない
人に見せるわけでもオシャレでやるわけでもないので
血の滴る左手と痛みを抱えたまま生きるのも悪くない
俺は元々そういう人間なんだと思う
ハードな生き方をしたい
ロックな生き方をしたい
ヤクザさんになるつもりはありません
和彫は正直好きじゃないから
今はお金を貯めなければ
初期のデザインなのでまだかっこ良くなります
ちゃんとイラレで綺麗にしたものを元気になったら載せます
